5月17日 雨の日の花たち





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朝から大雨。
友達のJさんに会いに行く予定だったのだが、別の日に変えた。
雨がやんでから庭に出たら、花たちが雨のしずくをいっぱい身にまとって輝いていた。


今度、彼女に会いに行くときはいいお天気だといいのにな。
by きょうちゃん  at 22:41 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

「家守綺譚」梨木香歩  新潮文庫

素敵な本にめぐり合った。もう何回も読み返してる。それでも全然飽きずに何度でも読んでる。

この小説は設定が100年前。主人公は若い青年で作家だ。貧乏だが、空き家になった、なんとも不思議な古い家の管理を任されて住んでいる。

その庭がまたいい。疎水の水を引き込んで池をつくってあり、縁側で釣りができる。その池には河童が紛れ込んだり、鮎くらいの小さな人魚がふっと現れたりする。
庭にはいろんな木が植えてあるが、サルスベリなんかその青年に恋をしたりもするし、ムクゲが満開になるころには、それを助けとして聖なる女人の姿が立ち現れる。

床の間の掛け軸からは亡くなった親友が時々舟に乗って会いに来るし、掛け軸に描かれているサギも時々庭に出てきて、河童とけんかしたりしてる。そのけんかを仲裁するのは、ゴローという飼い犬だ。なかなか利口な犬で仲裁犬として有名になり、揉め事があればよばれており、その名は鈴鹿山脈あたりまで達しているらしい。

私が一番好きな話は白木蓮の話だ。
ある夜、雷が白木蓮に落ち、それで白木蓮が孕んだ。時期ではないのに、つぼみが膨らみ、雷の鳴る日に花びらがはらりと落ちて、中から白い小さな竜が孵りしゅうっと天へ昇って行った。

その光景を想像すると楽しくなる。

まだまだ素敵な話がたくさんあるんだけど、それは実際に本を手にして読んでみてね!おすすめです。
by きょうちゃん  at 20:18 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

ムカデ

さっき、真面目な文を書いたので、お口直しに。(...って、なんのことやら)

きのう、寝室を掃除してたら、夫の布団の下にムカデの死骸を発見。

こんなところに、とびっくりしたけど、だれも刺されなくてよかったなあとほっとした。

あとで夫にそのことを言うと、
「え?それじゃ、あれは夢じゃなかったんだ。」

夫は夜、いきなり首筋がチクっとしたので、痛い!と反射的に首に手をやり、ゴソゴソする虫をギュッと握りつぶし、それからまた寝てしまったのだそうだ。

夢じゃなかったって、あなた、ムカデに刺されたら、普通、しゃっきりと目が覚めるのではないだろうか?

しかもムカデを手で握りつぶすなんて....
ううう....想像するだに恐ろしい。


.....って、こんな話、お口直しにならなかったかなあ。
by きょうちゃん  at 14:04 |  日記 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

「三岸節子自選画文集 花こそわが命」

画文集の絵と文章に魅了され、読み進むうちに、あるページで手がとまってしまった。

彼女の凛とした生きる姿勢に打たれて、しばらくぼうっとしてた。

以下にその文章を書き写す。


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私は外とのつながりをすべて断ち切り、アトリエに閉じこもる生活をじしんに課した。季節外の軽井沢では可能である。孤独の生活が守られた。私の相手は絵画以外、周囲のもの言わぬ自然だけである。

しかし軽井沢の沈黙の生活は苦しい試練の日々でもあった。みずからの愚かしさ、人生の空しさ、後悔、慙愧に胸を噛む思いである。悶え苦しみ、あえぎ、心臓を引き裂く思いのときもある。それらは山をおそう霧のように忍び寄り、風のように去っていく。

自分が納得できる作品を描きたい。じしん満足いくまで追求を重ねる。あるとき、満足感を手中にしたかと思われる幸福感、充足感も、束の間に消え去り、崩れ去って、また、いっそう次の欲求のとりことなる。

幸福は須臾の間に去り、苦痛だけ、絶望だけが長く残る。
人間の業の深さである。

白い雲が流れ、浅間は煙を吐き、ときに火を噴き上げる。この美しい山深くわけいり、あの樹林の中で一服薬を飲んで横になれば、楽になる。この業火から解放される。この誘惑は軽井沢にいる間去らなかった。

ここにきてようやく私は静かになることができた。もうすでに六十歳である。私は孤独な百姓女として最後の生活を全うしたい。
ただ絵だけは描き続ける。絵を描き続けるために朝は未明に起きる。花をつくるのもすべて、この愛の心につながる。私は健康で百歳までも描き続けたい。これから私のなすことは絵画の熟すことである。


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これは彼女が六十歳のときの文であるが、彼女はさらに63歳で渡仏し、時々は個展のために帰国するが、ずっとフランスで過ごし、82歳でスペインに滞在、84歳でついに帰国、さらに絵を描き続け、94歳でこの世を去った。

こんなに激しく、感性豊かで真摯な女性がいたことに強く心を打たれた。

心が弱くなったときに、読み返したい文である。

彼女の生涯については、↓のサイトをどうぞ。

http://s-migishi.com/profile/index.html
by きょうちゃん  at 13:35 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

薔薇が咲き始めた

5月は薔薇の季節。
今まで虫がつかないように、病気にならないように、いろいろ世話してきた薔薇が咲き始めた。
それでもやっぱり病気になっちゃって、泣く泣くつぼみごと枝を切り落としたのもあったけど。

去年は咲かすことのできなかったブルームーンが今年は咲いてくれて、嬉しい。

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新しく植えた黄色い薔薇も元気に咲いた。

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つぼみをたくさんつけてるのもある。
もうすぐ咲きそうで楽しみだ。


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by きょうちゃん  at 00:54 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

夕暮れの白いバラ

夕暮れの庭に咲く白いバラがひっそりと薄闇のなかに浮き上がって見える。

それで夕食の準備をする前にちょっと庭に出て、撮影してきた。



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白いバラはこんな時間に見るのが一番奇麗だと思う。
by きょうちゃん  at 23:22 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

ミーの逃亡と帰還

ここんとこ、長男のミーをあずかってる。

でも、きのう、ちょっと窓を閉め忘れてたら、ミーが外へ出てしまった。

夜になっても帰ってこない。
ドアを開けて呼んでも返事なし。

どこへ行っちゃったのかなあ。
今頃はきっと外の世界が恐くて震えてるに違いない。大丈夫かなあ。
心配だったけど、どうしようもないので寝てしまった。

今朝、早起きの夫が
「ミーが玄関わきの茂みにいたよ。」と言って私を起こしにきた。
起き出すと、夫はもうミーを浴室に入れてる。
「体を洗ってやらないと、ノミがついてたら家中たいへんなことになる。」と夫が言うので、タオルやブラシを準備した。
でも、私はミーに近寄るとアレルギーで息苦しくなるので、夫が浴室で洗ってくれた。

夫はなかなか上手にミーを洗ってやってる。
すごい!見直した!
夫は猫なんか嫌いなんだと思ってた。動物を家の中で飼うのは大反対の人なのに。

タオルでごしごし拭いてもらって、エサをたっぷり食べてから、ミーはクッションの上でゆったりと休んでる。なんだか「やれやれ...」と言ってほっとしてるみたいだ。
無事に帰って来てよかった、よかった。

夫はその後、大急ぎで食事して仕事に行った。

ご苦労様でした!

私もそのあと、大学に行く。
今日は
「〜させてもらう、いただく」というややこしい言い方を教えた。一生懸命説明して、疲れて帰ってきたところ。やれやれ....。
by きょうちゃん  at 12:29 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

レッスンふたつ

午前中は大学での日本語のレッスン。

Kさんが教室に入るのが見えたので、そっと追いついてその後ろから「ワッ!」と脅かした。
「キャー!」と彼女が叫び、教室に先に来ていた留学生たちが面白そうに笑った。

「こんなとき、何と言うんですか。」という質問が来て、黒板に「ああ、びっくりした!」と書いたら、また「びっくりするって漢字で書いてください。」という注文だ。

うえ〜〜ん、漢字、書けないよー。それで辞書で調べて
書いたけど、こんなことなら脅かすんじゃなかったな。反省。

今日は
「いつでもいいです」「どこでもいいです」「だれでもいいです」「何でもいいです」などの言い方を練習した。

私が一人一人に
「何を食べたいですか」などと聞き、
彼らが「何でもいいです」などと答える。

はじめはまじめに「どこへ行きたいですか」「いつがいいですか」などとやってたけど、つい、「だれと結婚したいですか」と聞いてしまって、話がそれてしまった。不真面目な先生だ。反省。
(でも、これを教えるときになると、毎回、この質問をしてしまう。もう、クセになっちゃってる?)

それにしてもみんな
「奇麗な人と結婚したいです。」とか
「お金持ちと結婚したいです。」とか、好き勝手なこと言ってたよ。



午後はブラジル人のMさんが赤ちゃんを連れてやって来た。レッスンを始めた頃は赤ちゃんはまだ4ヶ月で、Mさんに抱かれていたんだけど、もうハイハイしはじめた。早いものだ。レッスンの途中で授乳したり、お昼寝したり、うちでのレッスンは融通がきく。お昼寝は大歓迎。そのまにしっかり勉強できた。

帰るとき、彼女が赤ちゃんに
「さ、お別れのキスをしなさい。」と言ったら、赤ちゃんは私の頬にチュっとキスしてくれた。やっぱり異国のしつけの仕方は日本とは違うなあ。赤ちゃんの柔らかなキス、心地よかったよ。
by きょうちゃん  at 17:50 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

5月5日 栗の木を植える

息子たちが帰省中(5月2日)に夫と私の誕生祝と母の日と父の日とまとめて祝ってくれた。(4っつのお祝いの日が近いのでまとめて祝えて便利だ。)

ケーキと速乾吸湿の登山用のシャツ(夫のはグレー、私のはピンク)と栗の木をプレゼントしてくれた。

木をプレゼントしてくれるなんて、なかなか粋なアイデアだ。日々、その成長を見ていられるし、栗だと実がなったら栗ご飯を作れるよ。すごく楽しみだ。

でも、栗は大木になるそうで、庭植えはできないそうなので、鉢植えにすることにした。

それで、今日(5月5日)、大きな鉢を買ってきて、その鉢に植え替えた。水はけをよくするために鉢底石を敷いて、土にはバーミキュライトを混ぜて、いろいろ工夫した。

息子たちからのプレゼント、元気に育って、たくさん実がなりますように!


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by きょうちゃん  at 23:33 |  日記 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

5月6日 ピカソ展

朝、目覚めると大雨。
晴れてたら自治会の草刈りの日なんだけど、雨だから中止のはず。それでも気になって、時々、窓の外を確認する。

カーテンを開けて外を見て、

あ、まだ降ってる。

そういうのを2,3回繰り返して、めんどくさくなって起きてしまうことにする。

夫も起きた。

雨だと庭仕事もできないので、浜松美術館へピカソ展を見に行くことにした。

美術館はけっこう混んでいた。

ピカソの青の時代、ばら色の時代、キュビズム、新古典主義とシュールレアリスムなど、各時代の作品が展示され、さらにピカソの作った皿や壷なども展示されていてた。
こんなにたくさんのピカソの作品に出会ったのははじめてで、見ごたえがあった。

一通り見終わったときに、館長さんの説明があったので、もう一度、説明してもらいながら絵を鑑賞した。
説明ははじめ30分ほどの予定だったのだが、なぜか話すほうも聞くほうもとても熱心で、1時間半になった。とても面白かったけど、足は疲れちゃった。

お昼ごはんの時間はとっくに過ぎていて、もう、3時半。
レストランでこの時間に食事できるかな、と心配してたが、帰路に寄ったレストランで食事することができた。ランチタイムは過ぎてて、ディナータイムになってたけど。

帰宅してからも、まだ雨は降り続いていた。

ピカソは生涯に2万枚も絵を描いたのだそうだ。一日に油絵を2,3枚描くという計算になるらしい。すごい。
そのエネルギーと努力に敬服する。




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by きょうちゃん  at 23:18 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

5月4日 熊野の長藤

磐田市の「熊野(ゆや)の長藤」を見に行った。

わが家から車で天竜川を越えて20分ほど。河原に駐車して歩いて行く。長藤は行興寺境内と、その隣の豊田熊野記念公園に咲いていた。
長い花房が風に揺れて、その下を歩くと頬に触れる。


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藤棚の下でお弁当を食べる人達もたくさんいた。

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ここの長藤は800年以上も昔、平安時代に平家物語にも登場する熊野御前が植えたとされる藤だ。

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公園では商工会議所の女性たちの踊りが披露された。

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この日のために仕事が終わってから、ずいぶん練習したんだろうなあ。

午前の部の踊りが終わってからうちに帰った。
by きょうちゃん  at 21:13 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

息子たちの帰省

ドドッと息子たちが帰省して、波がひいたように戻って行った。

まず5月1日夜次男が帰省。夜遅くまでいろいろ話した。

5月2日 午前中は私は日本語のレッスン。午後、長男が帰省。そして夕方三男が帰省。夕食には5人が揃って楽しかった。
食後、三男は「あした部活があるから。」と戻って行った。日帰りだったけど、帰省してくれたおかげでみんな揃うことができた。忙しいのに帰省してくれて、ありがと。

食後、夫と次男は囲碁をする。以前に次男が帰省したとき、夫は次男に三勝したので、今回は次男は気合を入れて勝負し、夫に勝った。4敗しなくてよかったね。

5月3日 早朝、夫と長男はテニスしに行く。長男は「○さんに勝ったぞ!」と嬉しそうに帰ってきた。
朝食後、4人で森林公園に行く。

5月の森林公園は木々の緑が奇麗でとても気持ちよかった。


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しだ類も元気良く伸びている。次男は
「ここにはいい被写体がたくさんあるね。」とカメラを向ける。



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アカマツもたくさん生えていた。

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1時間ぐらい歩いて、森林公園の「森のレストラン まつぼっくり」へ行く。
見晴らしのいいレストランでおなかいっぱい食べて、帰路についた。次男はなるべく早く東京へ帰らなければならないので、帰路の途中で彼を電車の駅に送り届けた。

それから帰宅して、長男はしばらく庭で園路づくりの作業をしてくれてから、名古屋へ戻っていった。

今、また夫婦二人の生活にもどって、静かになった。

お昼にいっぱい食べたので、夕食は二人で簡単にすますつもり。
「息子たちが帰って来てくれて、楽しかったね。」なんて話しながら、食べることにしよう。
by きょうちゃん  at 19:56 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

皮肉な話と猫との交流の話

日本語のレッスンで、今日は「んです」の使い方を教えた。

1.説明を求めたり、説明したりするときに、語尾につける。

例  「どうしたんですか。」「頭が痛いんです。」

2.疑問が解けて、納得したときに語尾に「んですか」をつける。

例 「ああ、そうなんですか。」

3.皮肉、非難、怒り、戸惑い、驚きを表すときにつける

例  「ええっ、離婚したんですか。」
   
   みんなが忙しく働いてるときに、一人、まんがを読んでいる人にむかって、「あなた、暇なんですか」

この最後の「皮肉」という言葉を説明するのに手間取った。留学生は中国人が多いんだけど、この漢字、使わないんだそうだ。考えて見れは、「皮」と「肉」で、どうして「皮肉」という意味になるのかなあ。

「面白いですね。」と言ってから、この「面白い」という言葉も面白いなあと思った。白い顔でどうしてそんな意味になるの?

漢字って奥が深いなあ。
(さらに「皮肉」って「風刺」のことかという質問がきて、これらの違いを説明するのにも手間取った。やれやれ.....)




今日は朝からずっと雨。

庭仕事はできないので、うちの中の掃除をした。
それから次男が帰ってくるので、彼の寝具を準備した。

ミーは長男がいなくなって寂しそうにしてる。
私が近寄ると、シャーっと言って逃げちゃう。なかなかなついてくれない。私も猫アレルギーだし、しかたないんだけど。
でも、不思議なことに、ミーが私を恐がってるときは、なんだか私にもビリビリと電流が走るみたいで、ミーの気持ちが伝わってくるのだ。私もゾクゾクっとしてしまうのだ。
ミーと私との間には、不思議な気の交流があるみたい。これっていったい何なのだろう。
by きょうちゃん  at 18:21 |  日記 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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